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ジャン・バティスト・ジョゼフ・Fu-!!リエ


プロフィール

おかず丸

Author:おかず丸

どうも、おかず丸と申します。はじめましてになるのでしょうか?この名前は勿論本名でございます。疑いの余地はございません。小学校、中学校の時はこの名前のせいで、愚民どもに少なからずいじめられ、両親に向かってなんて名前をつけたんだと、罵ったこともございましたが、今はこの名前を気に入っています。

って、誰が本名おかず丸やねん。



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くびれが奏でるメロディーさ
夏が終わりを告げると同時に、教授たちは.pptをせっせと作り始めた。今年も秋場所が大学で幕開けである。

今場所以前の自分が頑張りストだったおかげで、あまり授業をとらなくてよい。教授らによるレポート張り手に座布団を投げる必要もなくなった。(久しく書く日記で理解し難い比喩を許していただきたい)

というわけで、一人ブロードバンドの海へなんてこともしばしばなのだが、どうも家の前が袋小路になっている為か、近所の子供が集まって騒ぐことが多い。しかし特に迷惑なわけではなく、むしろ夕暮れ時の子供の声は、魚と白ワインのように相互作用して趣き深い。

その時、ふいに「ガシャン!」と音がした。もしかして、自分のバイクを子供達がこかしたのではないかと不安になり、走り出し、外を見た。すると、子供は何もなかったように鬼ごっこをしていて、バイクもこけていなかった。その時初めて知ったのだが、斜め前の家が立て替えるらしく、音の正体は家を壊す音だった。


※僕はまたネットの海へ飛び出した。子供が駆け回る臨場感は失われず、デジタルサウンドもそれをかき消さない。また、不規則に「ガシャン!」と大きな音がなる。わかっている。あれは斜め前の家の音だ。子供達がバイクを倒したわけではない。自分で自分を言い聞かせる。また不安を募らせるように「ガシャン!」と大きな音。わかってはいるが、確認しないではいられず、走って外を見ると、そこにはやはり、走り回る子供と、家を壊す業者と、動かないバイク。



(※ 繰り返し)


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もう、マサコには頼らない、夏 ①
もうこれ以上、母親をネタにするのは流石に道徳に外れると思い、普通の日記を書くことにする。



友人二人と車に乗り、途中越え、鯖街道をひた走り、小浜を目指す。京都市から日本海に出るのは近いようで遠い。江戸時代に、海から遠い京都に最短距離で、新鮮な魚を届ける為開かれたこの鯖街道。そんな歴史を感じ、いつしか自分なりの鯖街道を見つけたいと思い浸ること2時間、ようやく僕らは小浜に到着した。

今回の目的は一つ。「日没までにとった海の幸を食べる」早速水着に着替え、シュノーケルとフィンとモリを身につけ海に飛び込む。幸先良く、一投目でふぐを捕まえるも、二投目からは魚にかすりもしない。どうやら夏の魚の機動力を甘んじていたようで、どう考えてもモリの初速よりも早く泳ぐ魚達。中にはこっちを向いて挑発する魚が現れる始末。

しかし、一種類だけこちらに分がありそうな魚を発見する。30cmほどの魚で、産卵をしているためか、白い霧を出しながら低速で泳いでいる。こいつを一人一匹ずつとれば、恐らく帰りにマクドナルドに寄る手間も省けるだろうと確信し、放たれたモリ。弾かれる矢先。これは、どう考えても、とれない。

このままでは、炭に火をつけるまでもなくマクドナルド行きであることは目に見えていたので、釣りにスイッチすることにした。釣りといっても、小鯵を狙ったものである。最初は小鯵や、キス、カワハギ、小さな真鯛などが取れていたのだが、段々ブルーギルのような汚らしい魚に代わっていった。良く見ると、水中で挑発していた魚である。それから次々と餌だけをとられるようになり、とうとう魚がとれなくなった。

このままでは、猫の額ほども腹が膨れないだろうと途方にくれていた最中、一人が口を開いた。

「あのさ、橋にへばりついてる貝、食べへん?」

他の二人は少し反対した。なぜならば、少し貝殻がグロテスクだったからだ。しかし僕はくらげに刺され、もう一人の友人も疲れ気味だったので、大した反対もせず、彼にナイフを授けて一つとってもらうことにした。少林寺をやっている彼が、全ての背筋を使ってとった貝を木屋町で魚をさばいているもう一人の友人が開けて見てみると、どうも牡蠣のような形をしていた。それを知った彼はまるでとりつかれたようにその貝をとりはじめた。橋に引っ付く貝と力勝負でどんどんとり続ける友人と、それを陸から三角座りで見つめる二人。その光景は日が暮れるまで続いた。

結局それは岩牡蠣だった。しかも、天然でとれたての牡蠣は絶対にあたらないのだと、現地のおばちゃんが教えてくれた。牡蠣の口をナイフでこじ開け続けた友人に感謝する三角座りの二人。そして僕らは炭を囲み、「海のミルク」の本当の意味を知った。

生で食べる岩牡蠣は本当に美味しかった。友人がとったあとの貝柱に群がった蟹たちもそれを物語っていた。きっと牡蠣たちは自分たちの美味しさを知っててあの頑丈な2枚の貝殻をつけたんだと思う。そしてその2枚の貝殻の中には、プリプリとした極上のうまみが凝縮されていた。


それは、帰りに食べたピタマックにしても然り。



高須クリニックは神とともに
今回の考査はほどよく仕上がり、うまく単位に変換できたのではないだろうか。そして僕は半年という時間を共にした筆箱に休暇を告げた。文字通り筆休めである。そしてとうとう夏休みに突入した僕は、あることについて考えていた。

以前にも申し上げたことがあるとおり、「アウト送信グ」の最終目的地は「日記の神様」である。この「南極の民主主義化」と双をなすような偉大な目標は、ゴールが遠すぎるという点以外に、大きな問題点を抱えていた。

っつか、「神」って何?

そう、(多くの日本人がそうであるように)無宗教である僕は、「神」に対して深く考察する機会を持たない。行き先の持たない郵便物を公務員がつき返すように、ゴールの見えない目標に努力は意味をなさない。というわけで、世界のビリオンセラー、聖書を読み始めることにした。

ネットで拾い読みしたところ、この書物は神について非常に多く語られているという印象を受けた。その真偽はともかくとして、これが恐らく一番ポピュラーとも言うべき「神」を物語っているはずである。これを読み、人々が描く「神」をしっかりとイメージすることが出来たとき、僕のゴールへの足場が確実に固まることであろう。そして残すは道なりだけとなる(これが長い!)

この長旅は完走したとき、キリスト教は聖書と人々の心に刻まれている「一神教」のコトバを「ニ神教」に変換せざるを得なくなるだろう。そして聖書の目次には、もう一つの福音書「アウト送信グ」が加えられることになる(位置取り的には、「出エジプト記」の次らへん)。そうなってしまった場合には、私おかず丸はどうしてもイエス・キリストと肩を並べてしまうこととなってしまうが、これは致し方ないことである。それはどう考えても、「預言者」なのだから…


そして、聖母マサコの誕生である。




The You の銘
アップダウンのない学生生活をのうのうと過ごしていると、もうすぐアウト送信グが一周年であることに気がつき、どんなつまらないことでも書き起こそうと重い腰を上げた次第。



実家に帰った序でにいつも髪を切ることにしているのだが、教授陣のレポートマシンガン打線に、ぐっすり眠れる日は中三日と忙しい日が続き、僕の前髪はまつ毛越え連発。ワールドカップを見ながらDF宮本の髪どめが欲しいと連呼する毎日なのであるが、昨日ついに京都で髪を切ることに決めた。

今まで見かけたことのある美容室で、大体値段が3000円であることを条件に検索をかけると、前の家に住んでいた頃(少し大きいエレベーターの家)良く広告が入っていたところが当てはまり、今の家からは遠いが、そこしか思い当たらなかったので、梅雨の再定義を主張するような日差しの下、自転車(うさぎ二号)で向かった。

割とお洒落な外観であったが、その敷居をまたぐと、受付で東郷平八郎を彷彿とさせる初老の男性に迎えられた。正直、嫌な予感がした。今までの汗がいっせいに引退して、新時代の汗たちがヨーイドン。数人の20代女性を探しては安心を得る自分に気づいた。

予約せずに行ったので一時間弱待たされたのはしょうがないとして、「しばらくお時間かかりますので、どうぞお読み下さい」と渡された女性自身とフライデーには憤りを隠せなかった。確かに巷では宝生舞に似てると言われたりもするが、女性自身を読むほど落ちぶれてはいないし、大体公衆の場で読めるフライデーなんて10ページに満たない。僕は少し疲れていたので、それらの卑猥な雑誌をほっぽりだし、鏡を前に少し仮眠することにした。

「お待たせしました」との声で目を覚ました僕の前には、田中義剛のようなファッションの40代前半が立っていた。僕は心の中で大きくため息をつき、いつもなら美容師におまかせで切ってもらうのだが、今回ばかりは全体的に軽くするように伝えた。すると、僕はワックスをつけているにも関わらず、美容師は僕の髪の毛を洗うこともせず必死でくしでとき始めた。峡軌の電車で居眠りする高校生の如く僕の頭は大きな単振動を繰り返し、一通りとき終えたところで、「よし」と言って始終すきバサミで髪を切り始めた。このときほど、自分の中でハリセンの需要があがったこともあるまい。

「はい、できました」と言われ鏡を見るが、そこにはbeforeの自分との間違い探しのような自分がそこにいた。手鏡を渡され「どうですか?」と聞かれるも、全然変わってないのではにかむしか出来ない自分。早くその空間から飛び出したかったので、何も言わず、会計を済まし、その店を後にした。日付が変わり、学校に行っても髪の変化に気づくものは独りもおらず、髪が目に入ったのか、涙を流す自分。

第二次松たか子ブーム到来の予感
随分と昔の話になるが。

その日、僕は午前から昼どきにかけて、とある体育館でバレーボールをしていた。ちなみに僕は、背は165cmと周りに比べると低く、明らかにバレーボール体型ではないのだが、下手の横好きというやつで、よくサークルに参加している。この日の前日夜遅くまでバイトがあり、またその日も夜からバイトがあったのもあり、すぐに家に帰って仮眠をとることにした。

すると、そのサークルのとある女子と良からぬ事をする夢を見た。

目が覚めた僕は強烈な罪悪感に見舞われた。勿論、僕に彼女がいることもひとつの理由であったが、やはり全然気にもなっていない人とあんな事こんな事を夢の中で勝手にしちゃったのが酷く気にかかったのである。その女子は、バレーボールへの執着は男勝り、打ち込みは激烈、身長も僕より数cm高く、(凄く失礼であるが)全くそんな気が起こるような人でもなんでもなく、本当に友達といった感じであった。

ではなぜそんな夢を見てしまったのか。本当に不思議で仕方がなかった。もしかしたら潜在的にその人のことが気になっているのかもしれない。僕はとても複雑な心持になったので、すぐに顔を洗うことにした。頭が痛い。もしかしたらこれが「恋の病」ということかもしれない。本気でそう思った。


しかしその後、体育館で頭を打ったことを思い出した。強く。