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ジャン・バティスト・ジョゼフ・Fu-!!リエ


プロフィール

おかず丸

Author:おかず丸

どうも、おかず丸と申します。はじめましてになるのでしょうか?この名前は勿論本名でございます。疑いの余地はございません。小学校、中学校の時はこの名前のせいで、愚民どもに少なからずいじめられ、両親に向かってなんて名前をつけたんだと、罵ったこともございましたが、今はこの名前を気に入っています。

って、誰が本名おかず丸やねん。



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The You の銘
アップダウンのない学生生活をのうのうと過ごしていると、もうすぐアウト送信グが一周年であることに気がつき、どんなつまらないことでも書き起こそうと重い腰を上げた次第。



実家に帰った序でにいつも髪を切ることにしているのだが、教授陣のレポートマシンガン打線に、ぐっすり眠れる日は中三日と忙しい日が続き、僕の前髪はまつ毛越え連発。ワールドカップを見ながらDF宮本の髪どめが欲しいと連呼する毎日なのであるが、昨日ついに京都で髪を切ることに決めた。

今まで見かけたことのある美容室で、大体値段が3000円であることを条件に検索をかけると、前の家に住んでいた頃(少し大きいエレベーターの家)良く広告が入っていたところが当てはまり、今の家からは遠いが、そこしか思い当たらなかったので、梅雨の再定義を主張するような日差しの下、自転車(うさぎ二号)で向かった。

割とお洒落な外観であったが、その敷居をまたぐと、受付で東郷平八郎を彷彿とさせる初老の男性に迎えられた。正直、嫌な予感がした。今までの汗がいっせいに引退して、新時代の汗たちがヨーイドン。数人の20代女性を探しては安心を得る自分に気づいた。

予約せずに行ったので一時間弱待たされたのはしょうがないとして、「しばらくお時間かかりますので、どうぞお読み下さい」と渡された女性自身とフライデーには憤りを隠せなかった。確かに巷では宝生舞に似てると言われたりもするが、女性自身を読むほど落ちぶれてはいないし、大体公衆の場で読めるフライデーなんて10ページに満たない。僕は少し疲れていたので、それらの卑猥な雑誌をほっぽりだし、鏡を前に少し仮眠することにした。

「お待たせしました」との声で目を覚ました僕の前には、田中義剛のようなファッションの40代前半が立っていた。僕は心の中で大きくため息をつき、いつもなら美容師におまかせで切ってもらうのだが、今回ばかりは全体的に軽くするように伝えた。すると、僕はワックスをつけているにも関わらず、美容師は僕の髪の毛を洗うこともせず必死でくしでとき始めた。峡軌の電車で居眠りする高校生の如く僕の頭は大きな単振動を繰り返し、一通りとき終えたところで、「よし」と言って始終すきバサミで髪を切り始めた。このときほど、自分の中でハリセンの需要があがったこともあるまい。

「はい、できました」と言われ鏡を見るが、そこにはbeforeの自分との間違い探しのような自分がそこにいた。手鏡を渡され「どうですか?」と聞かれるも、全然変わってないのではにかむしか出来ない自分。早くその空間から飛び出したかったので、何も言わず、会計を済まし、その店を後にした。日付が変わり、学校に行っても髪の変化に気づくものは独りもおらず、髪が目に入ったのか、涙を流す自分。

更年期探偵 マサコ
昨晩、実家から下宿に舞い戻り、GWを自らの手で終止符を打った。

とまぁまぁ、仰々しく言ってみたわけだが、実家に帰ったところでほとんど地元の友達と遊ぶということはなかった。そりゃだって、地元の友達は地元の友達同士で予定を作って遊びますもの。僕のような飛び入り参加に、付け入る隙は小麦粉ほどもないわけで。

というわけで、十中八九の存在確率で実家にいたわけだが、帰ってきた二日目母がリクエストに答えてすきやきを作ってくれた。食べている途中、真っ白の表紙の本が目に入り、手にとって見ると、(表紙が真っ白だったのは単にカバーを裏返しにつけていた)、探偵のハウツー物だった。母親が1人の時間が暇すぎて、大体の本を読み漁り、ついにこの手の本に手を出してしまったのだろうと思っていると、母が口を開いた。


「私、探偵になろうと思って」


母は色々なことに興味を持つ性質が以前からあった。食生活だって、あるある大辞典をバイブルに実行しているし、よく日曜日には独りで山登りに行っていた。またユニクロでバイトしたこともあったし、うどんだって打つことができる。

確かに物心ついたときから母はそつなく、またいろいろな感が鋭いと感じる節はあった。母には直接言わなくても、母はいつも僕に彼女がいることを感じ取っていたし、またその裏づけをするように姉を使って僕に探りを入れていた。ただ、それを職業とするのは、息子として反対するべきではないかと正直思った。母がもしそうなって、やばい依頼に首を突っ込んで殉職することは避けたいし、もっと言えば、母の口から「探偵って、本とかマンガ、ドラマのように大きな依頼ってのはほんとに極稀で、ほとんどが地味なものなのよね」という言葉を耳にしたくない。

そんな時、付け足すように母が言った。

「友達に誘われてんねん」

なるほど、本物の探偵が母に指導してくれるのなら安心だと、母に「へぇ~その人は本職が探偵なんや?」と聞くと、母は、

「ううん、その人も素人」


見た目は大人で、おつむは子供だな。



第二次松たか子ブーム到来の予感
随分と昔の話になるが。

その日、僕は午前から昼どきにかけて、とある体育館でバレーボールをしていた。ちなみに僕は、背は165cmと周りに比べると低く、明らかにバレーボール体型ではないのだが、下手の横好きというやつで、よくサークルに参加している。この日の前日夜遅くまでバイトがあり、またその日も夜からバイトがあったのもあり、すぐに家に帰って仮眠をとることにした。

すると、そのサークルのとある女子と良からぬ事をする夢を見た。

目が覚めた僕は強烈な罪悪感に見舞われた。勿論、僕に彼女がいることもひとつの理由であったが、やはり全然気にもなっていない人とあんな事こんな事を夢の中で勝手にしちゃったのが酷く気にかかったのである。その女子は、バレーボールへの執着は男勝り、打ち込みは激烈、身長も僕より数cm高く、(凄く失礼であるが)全くそんな気が起こるような人でもなんでもなく、本当に友達といった感じであった。

ではなぜそんな夢を見てしまったのか。本当に不思議で仕方がなかった。もしかしたら潜在的にその人のことが気になっているのかもしれない。僕はとても複雑な心持になったので、すぐに顔を洗うことにした。頭が痛い。もしかしたらこれが「恋の病」ということかもしれない。本気でそう思った。


しかしその後、体育館で頭を打ったことを思い出した。強く。


鶏のニャン骨
漸く新居にもインターネット網が引かれ、快適な住空間が整ってから、もう一週間が経とうとしている。本来ならば、インターネットがつながったその日にこのことを、いつも楽しみにして頂いている2、3名の読者の方にお知らせしなければならなかったのであるが、どうしてもそうすることができなかった。一体なぜか。勿論、大学の授業が始まり、生活を元に戻すのに精一杯だったこともひとつであるが、この際それは大きな問題ではない。

書くべきネタが見つからない。

これは、「日記書き」として恥ずべき事態なのであるが、やはり久しく日記を書いてないと、日常の出来事からオチを見つける能力が著しく低下してしまう。別にそれは大きな事柄である必要はない。オチさえ見つかれば、どんな小さな出来事からでも日記は書けるし、いざとなれば、自分が考えた物語を書くことも出来る。実際、過去に自分は、ただ寒いことだけでも日記を書いたことがあるし、炊飯器の早炊きの件で2000字に達する長文を書いたこともあった。はたまた、架空の人物について書いたこともあるし、バトンの一項目を二日かけて書いたこともある。それでも最近日記が書けなかったのはやはりブランクのせいであろう。ボーっとして世間を流してしまっているのだ。

だが僕も今、漸く思い腰を上げて更新する気になった。やっとの思いでネタを見つけてきたのである。これを書いたら、またいつものようにネタを貪欲に探す癖が戻ってくるに違いない。前フリが長くなってしまったが、ここからがまた新しい「アウト送信グ」の始まりである。



ここ最近、お米がうまく炊けない。

お米…日本人の主食。それは日本人にとって最も重要な食物であり、そのことは「御飯」の代名詞を担っていることからも伺える。勿論僕もその例外ではなく、独り暮らしをしている今でも、常に炊飯器か冷蔵庫の中に常備されている。

まぁまぁ、お米に関する説明は僕よりも皆様の方が博識であることは明らかなので、キーボードを打つ両手を理性で押さえつけたのであるが、そのことはさておき、ここ四回お米を美味しく(というよりいつもどおり)炊くことに失敗していて、約一週間の間、パサパサやカリカリのお米を食べている。こうなると切実なので、僕なりに分析してみた。

一回目
引っ越してきて、二週間。兄が「お米は100回かき混ぜると丁度よい」と言っていたのを思い出し、実践する(前の家はお湯がでなかったので寒くて3回ぐらいしかかき混ぜなかった)。結果、パサパサなお米が仕上がる。

二回目
もう一度一回目と同じように炊く。結果はパサパサ。半分捨てる。兄から今まで聞いた言葉を一つ一つ嘘じゃなかったか洗いなおす。同時に、お米を洗う回数を50回に減らす。

三回目
日曜日ということもあり、炊飯器のタイマーセットよりも三時間後に起床してしまう。炊飯器の中を見ると、釜と接している部分がカリカリになっている。一瞬石焼ビビンバかと思ったが、側面に書かれているTIGERという文字と、その横の可愛らしい猫が微笑みかけた。憎悪。

四回目
三回目と同じ方法で、しかもタイマーをかけた時間と同じ時間に起床。炊飯器の中を見ると、どうやら成功したようだ。しかし、一口食べてみると、やはりどこかパサパサだった。もしやタイ米なのでは思い、米袋を見ると、「う米とこ採り」という名前。


上手い事言ってないし、うまいこと行ってない。


天下分け目の戦い
未だ新居にはインターネット網がつながっておらず、こうやって実家に帰ってきて「妹子」を使って日記を書いている。どうも、南河内のポテトのクルセダーといえばこの人、おかず丸でございます。

新居は、住みやすいことこの上ない。人間は適応能力の高い生き物だと考える。なぜならば、よくあんなところで二年も暮らせたなと思うからである。新居には、風呂桶だってあるし、6畳きっちりあるし、日の光も十分に得られる。空気だってカラカラだ。前の家は、家電やデスクを置いてしまうと、二畳ぐらいの行動スペースしかなかった。もしも、カメラを使って僕を監視するものがいたならば、きっと彼は「キーボードに囲まれた小室哲也」と比喩していたに違いない。

僕は家具には全くと言っていいほど興味がなく、家中の棚はメタルラックがカラーボックスであるのだが、引越しの時、そのカラーボックスを整理しようと思い裏側を見てみると、そこには想像を絶する光景が広がっていた。そこに栄養分があるかどうかは定かではないのだが、白色のカビが寄生していたのである。その二段カラーボックスは、まるで、二段カラーボックスのスリーサイズの定義の必要性を主張するかの如く湿気を吸って膨張し、またバブルの負の遺産となった水増しコンクリートを用いた構造物の危険性を象徴するかのように、不安定で、また黒の塗装は剥がれ落ちようとしていた。それだけを見て身の危険性を感じた僕に、さらなる絶望が襲った。もうひとつの方のカラーボックスの裏側には、なんと白色、黒色、褐色の三種類のカビが寄生していた。その三種類のカビは限られた領地を奪い合わんと、カラーボックスの裏側で『三国志』を演じていたのだった。


こっちから見れば、全部『蜀』だけど。